top of page

世界紀行 ESSAY,4『オルセー美術館』


ESSAY,4

『オルセー美術館』



今日は、美術館に出かける予定です。

パリには美術館がたくさんありますが、中でも、印象派絵画の全盛期の作品が、数多く展示されている、「オルセー美術館」に行くことは、最初から決めていました。今日も朝から天気もよく、ホテルから歩いて、オルセー美術館を目指します。ルーヴル美術館の横を通り過ぎ、セーヌ川を渡ると、たくさんの人が、オルセー美術館の前にいました。

様々な国籍の人が集まっている様子は、国際都市パリならでは、ですね。

それにしても、ちょっと人が多いような気もします。

とにかく、チケット売り場はどこかしら?と、探したら、

あらら?窓口が閉まっているじゃないですか!

そして何か書いてあります。えっ?Free?

そう、この日は第一日曜日で、入場料は無料だったのです。


パリの美術館のほとんどは、一度チケットを購入したら、

同日内であれば、何度でも出入りできますし、

月に何日か、無料になったり、半額になったりする日があるのです。

日本の美術館では、考えられないサービスですよね。

これも、国を上げて芸術を支えているからでしょう。

さすが芸術の都、パリ!


無料の日は、いつもより、ちょっと混みます。

そして、家族連れを多く見かけます。

一枚の絵の前で、お父さんと、中学生ぐらいのお嬢さんが、

仲良く、けれども真剣に討論していたりするのを見かけると、

生活の中に、ごく自然に芸術が溶け込んでいるようで、

ちょっと羨ましいような気持ちになります。


さて、ここオルセー美術館は、所蔵点数では、

30万点を超えるというルーヴル美術館には及ばないものの、

人気では、それをしのぐと言われています。

そしてオルセーは、建物でも有名な美術館なんですよ。

というのも、パリの美術館は、ユニークな建物が多く、

例えば、ルーヴルはもともとは宮殿ですし、ピカソ美術館は、

フランス革命以前、17世紀からあった貴族の館です。

そして、ここオルセーは、何と駅だったのです。


1900年、パリ万博のために、オルレアン鉄道の終着駅として、

建造されたのですが、運営の困難などから、39年でその務めを終え、

1986年に、美術館として復活しました。

大きなドーム型の丸天井は、ガラスと鉄骨でできており、

それを支える両壁のたたずまいが、近代らしい壮大さと優雅さに満ちていて、

当時から、宮殿の風格があると言われていたそうです。

建物もすばらしいですが、もちろん所蔵品も逸品揃いです。

特に、印象派時代のコレクションは充実していて、

1848年から1900年代初頭にかけての作品が、

地上階、上階、中階の順に、年代を追って展示されています。


まずは、地上階から見ていくことにしましょう。

ミレーの有名な絵画「晩鐘」が、左手奥にありました。

日本でも、何度も紹介されている絵ですが、

農民がその日の仕事を終え、静かに頭を垂れている姿は、

やはり何度見ても、敬虔な気持ちにさせてくれます。

暗い色調が、日々のつましい暮らしを、静かに伝えている作品ですが、

実は、それまでの絵画に、農民が主題として、

描かれることはありませんでした。

ですからこの絵のように、普通の暮らしを描写し、

人としての営みのすばらしさを見出そうとしたことは、

当時としては、画期的なことだったのです。


もう一枚、この時代に革命を起こしたのが、マネです。

「オランピア」などの女性の裸体は、それまでの伝統的な宗教画のような、

理想像としての女性ではなく、生身の肉体を持った女性が描かれていて、

当時は、あまりのリアルさに、一大スキャンダルを巻き起こしたそうです。

ルーヴル美術館で、古典をしっかり見てきてから、この絵の前に立つと、

確かに、ちょっと生々しい感じがするかもしれません。

でも、こうして等身大の人間を描くことが、

近代を動かしていく一つのエネルギーとなって、

新しい時代の扉を開けることになったのですね。

確かに、そうした緊張感が、みなぎっています。


さて、上階に上がると、そこはモネ、ルノワール、ドガ、ゴッホ、

セザンヌと、印象派の作品を一気に見ることができます。

ここで一度きちんと見ておきたかった作品は、

ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」です。

"色彩の魔術師"と呼ばれたルノワールですが、キャンバス上には、

黒い色が、かなり多様されているのに驚きました。

印象派の画家たちは、光を再現することに力を注いでいたはずですから、

黒を基調にすることなど、ないように思っていたのです。

けれども、そのバリエーションが豊富で、絵が暗くなるどころか、

かえって華やかな雰囲気にあふれていて、本当に不思議でした。

ルノワールは、木漏れ日が落ちるような描写でも有名ですが、

白のバリエーションにしても、実に様々とあって、

色彩について、また一つ勉強になりました。


さて、中階では、ぜひ見ておきたかった、

アール・ヌーボーの家具のコレクションと、ガレのガラス器があります。

優美な曲線が生み出す作品の数々に、思わずうっとりする一時です。

こうして、オルセーを一巡りすると、

人の暮らしの中心に、芸術を据えるだけでなく、

生活空間そのものに、芸術を持ち込む意気込みが、

この時代には、あふれていたということが、強く伝わってきます。

私は、作品をつくる上で、単にステキな作品を生み出すだけでなく、

日常の空間を、豊かに彩ることや、エレガントな時間が流れることを、

常に考えながら、制作しているので、

本当にいい刺激を受けることができました。


すべての作品を、一つ一つゆっくり見たいのですが、

それでは、何日もかかってしまいそうです。

今日は、お目当ての作品だけと、じっくり出会うことができたので、

その他の作品は、次回、またここに来た時のためにとっておこうと、

後ろ髪を引かれるような思いで、オルセーを後にしました。

 
bottom of page